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井上陽水のページ: 1948年8月30日生まれ。福岡県出身。 現在の奥さんはやはりフォークシンガーの「石川セリ」
本名は「井上陽水」と書いて、「いのうえ あきみ」と言います
1969年頃は、「アンドレ・カンドレ」の名前で活躍。デビュー曲「カンドレ・マンドレ」をリリースしますが
ヒットせず。 シングル3枚出すが、反響が無く「アンドレ・カンドレ」の時代は終わります。
1972年、芸名を「井上陽水」に変更。再デビュー曲は「人生が二度あれば」アルバム「断絶」の中の「傘がない」が注目されます。
ここからが「井上陽水」の始まりといってよいでしょう
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私が「井上陽水」を最初に見たのは、当時知る人ぞ知る、ライブハウス「渋谷・ジャンジャン」であります。
数十人くらいしか入らない小さなライブハウスでした。ライブの種類は多岐にわたりジャズや、
三味線、フォークソング、ロックバンド。また落語などもやっておりました。
「渋谷ジャンジャン」は地図で確認しますと、今の公園通りの2番街になるんでしょうか?
昔はそこを公園通りと呼んでいたはずです。
渋谷西武デパートとマルイシティの間の道をNHKに向かって歩く道の左側、
山手協会の地下にありました。
ここでは主に、新人アーティストたちが、ライブをやり、消えていったものたくさんあり、メジャーになった
アーティストもたくさんいました。「フラワートラベリン・バンド」・「小野和子」・「ザ・モップス」・
「RCサクセション」(私が実際にここで見た、アーチストを書きました)
そのほか、たくさんのミュージシャンを見ました。ミュージシャンの名前がどんどん出てきません。
むむ!やはり消えていったミュージシャンが多かったのか、それとももう35年位前のこと、
私の記憶の中から消えてしまったのか、少しぼけてきたのか。。。(-_-;)
ライブハウス「ジャンジャン」は1999年に無くなったんだそうです。
私の地元大分の友人「K」(TOPページに書いてあります)と時々渋谷辺りで、遊んだりしていました。
私はピンクのサファリジャケット、「K」はピンクのベルボトムのジーンズ。
ピンクピンクで、今の「林家ペー・パー」見たいです。がそれがかっこよいと思っていました。
渋谷で遊ぶって言っても、何か目的があっていくわけではありません。
行き当たりばったりです。「渋谷ジャンジャン」に入った経緯も覚えていません。
しかしその友人「K」と「ジャンジャン」で「井上陽水」のライブを見たことは、はっきり記憶しています。
曲は、何をやったのか良く覚えていないのですが、そのとき2つの記憶が鮮明に思い出されます。
風体はもうおじさん。たぶん歳は私が20才くらいなので、「井上陽水」は25〜6歳。いや〜!
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